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2007年10月 5日 (金)

村山寄席のおもひで

Shiraku 昨夜は、立川志らく・志ら乃による「落語親子会」に行った。

(開演前のだから許して)

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先日、林家木久扇・木久蔵の親子同時襲名披露興行のニュースがあったばかりなので、てっきり二人は本当の親子?と思っていたが、プロフィールをみると歳が10も離れていない。
あれ? まさか・・なぁ。。と、思っていたが、落語の世界では、師匠と弟子の共演の場合は「親子会」というのだそうだ。なるほどね。

ふたりとも若いので、枕話も最新ニュースが織り込まれる。
思わず笑ったのは、離婚したばかりの若乃花@花田勝が結婚した時の記者会見では「親方夫婦みたいになりたいです」と言ってたとか・・・ホントかどうか忘れたが、テンポもあって面白かった。

でも実に残念だったのが、あれほど注意しているのに、話の途中で携帯電話が鳴ったこと。着メロや着ウタじゃないので、年配の方だというのがわかる。
・・・ったく、今時の年配者は・・・。。。

枕の時だったから未だ良かったけど、志らく師匠も、話をぶった切られ一瞬困ったようだったが、続けてくれたので安堵した。
ホント、聴いてるこっちの方が申し訳なく、恥ずかしくなる。
勘弁してね。

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実は村山市は、古く「村山寄席」というのがあって、今は無い”プリンス太蔵”や市民会館で、多くの落語を聴く機会に恵まれていた。
笑点のメンバーだけでも、小圓遊、木久蔵、歌丸(最近では楽太郎も)等々、多くの落語家が来ている。

いや、実は、小圓遊の一席は聴いていない。

昔、その夜、公演があるという日に、たまたま会場である市民会館近くにいた私は、落語家の乗ったバスを見かけた。
木久蔵がニコニコ愛想振りまいているのに対し、後ろのほうにいた小圓遊が、すごく暗い顔をしている。 ・・・まさかそれが・・・。。

夜になって幕が開き、何人か前座で話をした後、木久蔵も出てきて笑いを取る。
で、いよいよしんがりに小圓遊・・・と誰もが思ったら、また木久蔵が出てきた。
”小圓遊師匠がちょっと体調を崩したので、私がもう一席・・”と務める。
そっか、暗い顔をしていたのは、そのせいだったんだ、と、その時は思ったのだが・・。
しかし、この時の木久蔵の話が凄かった。笑点でみせるダジャレおやじとは別人の、古典落語を堂々と展開する姿は圧巻だった。

そして翌日のニュースに誰もが驚いた。

> 三遊亭小圓遊
> 1980年 - 10月4日、山形県村山市での公演中に倒れ食道静脈瘤破裂により翌日死去。享年43。

そう、公演があったのは、まさに27年前の昨日で、命日が今日だったのだ。

数年後、歌丸師匠が来た時、”小圓遊を葬っていただいてありがとう”と、枕で言った時には思わずみんな笑ったけど、葬儀で号泣しているのを知っているから、そして歌丸さんだから言える言葉だなぁとしみじみしたのを思い出した。

木久蔵も、あの時、私たちにだけではなく、小圓遊に届けとばかり、渾身の落語を披露していたのだろう。

改めてご冥福を祈ります。合掌。。。

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■そうだ、京都、行こうJOG 19■
昨日走った距離 0km/計180.2km
今朝の体重70.6kg、体脂肪率19.4%
(昨日はカレーだったもんで、落語聴きに行く前に2杯、帰ってから1杯食べて心配したけど、変化無くて良かった・・)

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