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2007年6月19日 (火)

遙かなるル・マン

さくらんぼの季節になると思い出す、ル・マン。

世界一の偉大なる草レースとも言われる、ル・マン24時間耐久レース。

今年もこの土・日に開催された。

全長14km弱と長い長いサルテサーキットだから、ピットが晴れてても各所では雨ということは当然ある。まして今年のような天候不順な場合は、タイヤの選択には苦労したことだろう。

注目の、No.14 Racing for Holland童夢S101.5/Judd は、速さはみせたものの、序盤に、そのめまぐるしく変わる天候の罠に陥り、未だ暖まらないドライタイヤでクラッシュしてしまった。

ヤン・ラマースなら、ウェット路面でのドライタイヤ、ドライ路面でのウェットタイヤでもこなせるんだろうけど、若いヨルンはついイケイケで行ってしまったのか?

この修復で6位から39位へ。

で、結局は、完走29台中、25位。

今年は、ルマン24時間耐久レース歴史上、最も難しいコンディションだったと言われるので、それを考えたら、ま、仕方がない。てか、多くの有力ワークスがリタイヤしているので、完走しただけでも評価に値するのではないか。

でも、ま、林社長は「・・・・んなもん・・」と納得しているはずもないが。。

私が最初に行った79年も、雨だったが、完走したのはほんのわずかだった。
それも、ただチェッカーを受けたいだけのために、ず~っとピットに停めておいて、24時間ちょっと前にピットアウトして1周だけ走ったマシンも多かった。
ちなみにその年のウチらのチームは、2時間ほどで早々にリタイヤしていて、チェッカーの場面はゆったり暖ったかいホテルのロビーで観ていた。
「うわ、こんな雨の中、かわいそ」みたいな、悔しさをやけくそな話でごまかしていたのは内緒だ。(^^;)

我々設計チームはピットでの計測とピットサイン係を担当し、「24時間もあるから、2時間交代な」という事で、スタートだけ見届け、すぐに仮眠を取った。
24時間レースといっても、24時間レースではない。
メカニックは予選後にギヤを総入れ替えしたりメンテナンスしたりで、前日から徹夜で作業に追われるから、48時間耐久レースなのだ。
私も付き合ってたから眠たかったのね。
んで、寝てる間に、レースは終わってしまったのだった。 orz

翌年、日本車初の完走を果たすことになるのだが、レースでは、ただひたすら自分の設計したリアセクションが壊れるなーと祈るだけだった。

もう四半世紀前の話になる訳だが、焼けたオイルと強烈なジタンの煙草の匂いだけは、今も脳裏に焼き付いて離れない。

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雨でもドライタイヤで耐久カートレースを実施する仙台ハイランド。

ヨルンよりも、ハイランドで揉まれた、OKAっちょ-のんすと-英Gの各氏をドライバーにしてたら勝てたかもなー>童夢

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