山形の宝が・・・
長女の悲鳴が聞こえた気がした。
東北芸術工科大学、上條喬久教授のエッセイだ。
太田教授とともに上条教授もこの春、大学をお辞めになるそうだ。
娘は、このおふたりと先に辞められた馬場先生の元でグラフィックを習いたいと思い描き、中学・高校と一途に励んできた。念願かない入学でき、3回生になるこの春、いよいよ・・・という時期に退職の報に接した娘の落ち込みようは察するに難くない。
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私が一番心を痛めたのは、モンテディオサポーターとの行き違いが生じた時だ。
チームマスコットを決める時、SY21(スポーツ山形21)が上条教授を委員長にサポーターも交え選定委員会を作ったのだが、その決定の過程で大もめにもめた。
サポからは、チームの何もわからない教授が勝手にゴリ押しし決めようとしている・・・みたいな中傷さえ聞こえてしまったのは残念でならない。
結局、サポ代表とは、売り言葉に買い言葉のような感情的な軋轢まで生じることとなり、溝は埋まることなく、両案2つのマスコットが並行して誕生するという珍事に至った。
私はこの時、【SY21は、しっかりチームコンセプトを上条教授に伝え、理解してもらったのか?】と激しく疑問に思った。
当時は、「先ずは守備に重きを置き、ボールポゼッションしながら攻撃に結びつける」というコンセプトではあったが、同時に「ボールが動き人も動く」というスピードサッカーをも標榜していた。特に、後者の説明がSY21から上条教授になされていたのかが非常に疑問だった。
上条教授の類い希なポテンシャルと、モンテサポの心情とを両方理解する者として、最初にこのコンセプトさえしっかり伝えられていれば、”モンテスの力強さとディーオの俊敏さを併せ持ったマスコット” が誕生していたはず、と残念に思えてならないのだ。
今、結局この2つのマスコットはあまり具体的な展開を見せることなく活かされていない。
氏の退職は、芸工大の宝だけでなく、山形の宝が消えてしまうような気がして悲しい。。
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