« いてて | トップページ | すくみ合う?与野党 »

2007年1月29日 (月)

祭り日程が変更され

先日訪れた引き山車を使う埼玉秩父地方の祭りも、日程変更について大論戦があったようだが、昨年の岸和田の”だんじり”といい、全国あちこちで祭りの日程について論議されている。
伝統ある決められた日程を変えてはならない、いや、祭りに参加あるいは見物する人の立場に立って、土日に変更するべきだ、という論争だ。

困ったのはどちらも正論であることだ。

多くの祭りは、敬う神社仏閣の例大祭が起源だ。
何百年も続けてきた伝統ある日程を、現代人の都合だけで変えるのは忍びない、それでは祭りそのものの存在意義が無くなるという思いは、その氏子とか祭りに関われば関わった人ほど、大きく深いはずだ。

ただ平日開催となると、今の厳しい勤務環境では、年々祭りに参加する人、参加できる人が少なくなって、祭りそのものが成り立たず、祭りの伝統を守るためにやむを得なく開催日を土日に変更した祭りもある。

------- 

ウチらの祭りも、今年、日程変更することが決まった(ようだ)
”ようだ”というのは、昨年の三役会や幹部会では話し合いに入ったが、肝心の徳内ばやし振興会常任理事会、その後の「祭り実行委員会」には都合で出席できなかったからだ。。

Tokutoku 8月22/23日に開催されてきた「村山祭り」を、新たに「むらやま徳内祭り」として”徳内ばやし”を祭りのメインに、3日間の祭りに拡大し今年で13年目を迎える。
日程はそのまま(21/)22/23日に固定されていた。
が、12年前の当初より土日開催を望む声は、祭り参加者は勿論、観客からも多く出されていた。

これまでは、祭りそのものの立ち上げに精一杯で、日程については先送りされてきたが、昨年より、いよいよ正式に話し合われるようになってきたのだった。

当然「祭りの日程は、そうそう変えるものではない」「平日でも出たい、観たいといえるような祭りにするべきだ」という声も聞こえてきたが、それもうなづける意見だ。

しかし、徳内祭りは、前途したような一般の祭りと違って、例大祭として決まった日程というものが存在しない。祭る神社は、最上徳内翁を祀る「徳内神社」ではあるが、徳内翁の遺徳を顕彰するため、祭りにあわせて創られたものだ。
したがって徳内祭りは、”我が郷土の偉人徳内翁を顕彰するため、市民の手で新たに創られた祭り”なのだから、私たち市民で日程を決めてもおかしくはないと思う。

22/23日固定とする論拠は、村山祭りの起源・・・これがまたバラバラあって、その例大祭と考えられるのが八幡神社だったり、愛宕神社であったり、五日町の大神宮であったり、色んな人に聞いてみたが、確証を得られるものはなかった。(みんな自分トコの神社が起源だと思ってたり・・・)

そればかりか、昭和30年代後期には、なんと土日にあわせ24/25日に変更されていたこともわかった。

んぢゃ、無理して22/23日に固執する根拠は無くね?(笑)

例えばある神社の例大祭が起源だとわかっても、すでに「徳内祭り」と変わっているのだし、何よりもそれがために「村山祭りは楯岡祭りだから行がね」みたいに言っていた市民だっていたのだ。
それが「むらやま徳内祭り」となったことで、市全域から参加するようになり、文字通り「市民の手で創られた市民の祭り」になったのだから、どの神社の神様も「よくやった」と誉めこそすれ怒るはずはない・・・と思うのだが。。
 (政教分離の話とはまた別ね)

てな事で、ウチら燦燦會でも、これまでの総会や打上げの席上、土日開催を望む声が多々あったので、土日開催に変更されたことは歓迎したい。

ただ反対意見の人もいる訳で、時間がかかっても、誰もが納得して楽しめる祭りにするよう努力する必要があることは忘れてなんないね。

いやぁ、伝統のある祭りもうらやましいけど、新しい祭りも良いとこあるなー(笑)

|

« いてて | トップページ | すくみ合う?与野党 »

徳内ばやし」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/160576/13705055

この記事へのトラックバック一覧です: 祭り日程が変更され:

« いてて | トップページ | すくみ合う?与野党 »