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2007年1月 9日 (火)

あらいご飯

母は、9人兄弟の7番目の父に嫁ぎ、私達男三兄弟を産み育てた。
詳しくは知らないが、いつの間にか父が家業を継ぐことになったのは、私がまだ幼稚園に入ったかどうかくらいの時だ。
母にしてみれば7番目の弟と結婚したはずのに、、、親と同居するって・・・
「ええー?何それー、聞いてないよー」てな感じだったろう。

小さな”ブリキ屋”を営んではいたが、職人かたぎの祖父なので、あまり儲かってはおらずみんな敬遠したのだ・・と思う。
何はともあれ、ある日いきなり祖父や祖母をかかえた大所帯と家業の経理など一切かっさいをやりくりする羽目になった母であった。

 

毎日、晩ご飯を食べ終わると、台所で後片付けをするのは母ひとり。

ある日、幼稚園児だった私は末っ子でもあり、ちょっぴり母に甘えたくて台所へ行った。 そしたら、母が何か口をモゴモゴとさせている。
何、食べてんの?と思ったら、おひつを水で洗いながら、おひつに残ったご飯を食べていた。
私を見つけると「○夫(私の名前)も食べるか」と言って、その”洗いご飯”を手ですくって食べさせてくれた。

あ、んまい。

「ふふ、これが一番うまいんだよ」
しゅうとに気を遣い、夕食時にあまりご飯を食べられなかったため、この後片付けの時に残ったご飯を洗いながら食べるのが母にとっては最高のごちそうだったのだ。

それから私は、夕食後、茶の間でTVを観ている父や兄たちに隠れてこそこそと台所に抜け出すようになった。

母も、にこにこして迎え入れてくれ、そのうち茄子やきゅうりの漬け物を2~3ケ用意してくれるようになった。
漬け物を食べて、母の手ですくった「洗いご飯」を食べる。
なんとも、んまかった。。。
味そのものも素朴でおいしいが、母と私だけの秘密という味付けが一層おいしくさせていたのだろう。

父と母は私の自慢であり誇りだ。
破天荒なところもある父を影に日向に支え続けた母。
父が亡くなり火葬になる時、別室で待つよう促されても
「ここにいる・・・」 と泣き崩れ、父の入った扉から離れようとしなかった母。

今、笑みさせ浮かべているような穏やかな顔で横になっている。
今頃、父と再会しデートしているに違いない。

30日の朝、脳内出血で倒れて10日目。
私達に看病という最後の親孝行をさせてくれるため、がんばってくれた10日間。

平成19年1月8日午後3時37分、涙雪のそぼ降る中、息子3家族全員に見守られながら旅立った。
享年80歳。(実際には78歳)

ありがとうね、、、母ちゃん。

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コメント

本当に素晴らしいお母様でしたね
優しさと強さを両方兼ね備えておられました。
私にもにこにこ話しかけてくれたことを思い出します。
やすらかにお眠りください。

投稿: せっぽ | 2007年1月 9日 (火) 06時06分

最後の親孝行をさせてくれたと言われたTERUさんの心中は察するに余りあります。
お母上のご冥福を心よりお祈りいたします。

投稿: ムラ | 2007年1月 9日 (火) 10時15分

ごめんなさい。
書き込み時に表示されるものにOKをクリックしていたら3つもダブってしまいました。本当に申し訳ありません。

投稿: ムラ | 2007年1月 9日 (火) 10時20分

>>せっぽくん
ありがとう。
うん、ホント母の笑顔はみんな大好きで、今日、お参りされた多くの人もそう言ってました。

>>ムラちゃん
ぜんぜんOKだよ。 ありがとう。
今、山形は昨夜からの涙雪からうって変わって燦々と太陽が降り注いでいます。
寂しがり屋の父が喜んでいるのか??・・・と。。

投稿: TERU☆ | 2007年1月 9日 (火) 11時58分

ブログを拝見して驚きました。行間ににじむお母様への思いが伝わってきて胸が痛みます。TERU☆さん達のような御兄弟に見守られて、お母様は天国から微笑んでいらっしゃるのではないでしょうか。心よりお悔やみ申し上げます。落ち着いて、山形へ来られるようになった時はご連絡ください。体を大切にね。

投稿: pino | 2007年1月 9日 (火) 23時36分

>>pinoさん
ありがとうございます。
昨夜は一睡もせず通夜を営みましたが、今日は寝てということで、帰ってきました。
母の十日間のがんばりは、私たちへの心の準備のための配慮としか思えません。
ありがたいと思います。

喪が明けたらまた飲みましょう。
今年もよろしくお願い致します。

投稿: TERU☆ | 2007年1月10日 (水) 00時44分

ここを見て、初めて知りました。

お母上のご冥福をお祈りいたします。

投稿: はるやん | 2007年1月10日 (水) 10時07分

はるやんに知らせてもらってやってきました。

TERUさんにとって母上は、最後にもうひとつ時間をプレゼントされていったご様子。
いえ、そう受け止めているTERUさんの気持ちが、心に染みいりました。

母上、お幸せな人生だったのでしょう。
心より、ご冥福をお祈りします。

投稿: 地球流民 | 2007年1月10日 (水) 12時10分

最高のお母さんだね。

同じ女として、
夫が迎えに来てくれて
良い子供達に見送られて旅立つのは
羨ましいです。

心より御冥福をお祈り致します。

投稿: K2 | 2007年1月10日 (水) 19時17分

みなさん、ありがとうございます。

驚くほど多くの方が、告別式前に最後のお別れに来られました。
で、みんながみんな、号泣といえる程に泣かれ、その後、母の安らかな顔を見て安心したのか一様にほっとした笑顔になり、そしてまた泣かれる・・・の繰り返しでした。

母には、まだまだ長生きして欲しかったですが、精一杯自分の人生を全うしたのではないか、と、弔問に訪れる方々のお話を聞いてそう思いました。

父が亡くなって8年。
看病していた時は、未だ連れて行くなよーと思ってましたが、今では、よく我慢したね>おやじ、とも思うようになってきました。

投稿: TERU☆ | 2007年1月10日 (水) 23時28分

今日、初めてTERUサンのブログを見て涙が出てしまいました、自分も、2007年の3月にお婆ちゃん、10月に父親、翌年2月に母親と一年間に3人に逝かれてしまいました。
でも、泣きませんでしたが、母親が亡くなって一ヵ月後位にとても悲しくなり数日一人で泣きました。

忘れていた母親の事を思い出してしまい、TERUさんの様にもっともっと優しくしてやれば良かったのにと、親孝行したいとき親は無しとは良く言ったものですね。

投稿: 菊池 藤雄 | 2013年4月10日 (水) 06時36分

さかのぼって見ていただいてありがとうございます。
やはり男には母の存在は大きいですよね。。

菊池さんは一年間に3人もですか、続くときは続くもんですね。
身内や友人を亡くす度に今を精一杯生きようと改めて思います。

投稿: TERU☆ | 2013年4月10日 (水) 12時18分

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