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2007年1月

2007年1月31日 (水)

東知事の老眼鏡

いや、私のは遠視と乱視用の眼鏡であって、けっして老眼鏡でわ・・・

・・・ま、いいけど。。。orz

本や新聞を読んだりする時の近くの小さな文字とか、ノギスやスケールの1mmの目盛りが見づらくなって、必要な時に眼鏡をかけるようになって数年になる。
もちろん運転する時とか、普段は必要ないけど。

で、今、気になってるのが、そのまんま東:宮崎県知事の眼鏡のかけ方だ。
彼のも、記者会見などでちょっとズラしてかけてるのを見ると、書類を見る時だけ必要な老眼鏡だろう。
その、ちょっとズラして鼻の上にかけるのが、気になってしょうがない。
私が、一番気をつけてることだからだ。

これをやると、どうしても人と話す時に「上目遣い」になるのね!

女性からだったら、ぜんぜんOKなんだけど (^^ゞ
男がやると、どうしても攻撃的な目つきになってしまう。
”見下す”よりはまだいいんだけど、なんか、、嫌い。

最初に思ったのは、ローカルな話で悪いんだけど、「でん六豆」のCMだ。
いつも食べてるし、モンテの大スポンサーさんだから言いにくいんだけど、誤解を恐れずに言うと・・・でん六豆を買ってきた人に、おじいちゃんが縁側で読んでいた新聞をそらして、上目遣いに「そうか」みたいに喜ぶヤツね。その目つきがヤな感じだった。なんで?って言われてもしょうがないが。。

そてはおいといて、東知事の眼鏡だ。
もしかして、計算?わざと?
これまでの軽薄なイメージ払拭させるため、老眼鏡でけっこう歳いってるよと演出してるとか?

・・・んんーー、昨日からちょっと斜めに見過ぎかなぁ?>わたし。。。

しかし、宮崎県は東知事になってよかったねー。
今回の宮崎のPR効果は計り知れないし、特に鳥インフレエンザ対策における国との交渉は、国との太いパイプいらずで、どれだけの時間とお金を節約できたことか・・・。大臣や国が、パイプがないからと退けようものなら、全国民が見て怒るとこだもんね。

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2007年1月30日 (火)

すくみ合う?与野党

休憩時間でTVをつけると、10時では参議院、3時では衆議院の一般質問の時間だった。

なーんか、なんだかなーーだなーって、みんなが口にしてた。。。

TVに映し出される閣僚の面々が・・・そわそわぎこちないというか、小さく感じる。それでもS氏はすでに大臣を辞職していないんだけどね。。
毎日毎日、政治資金問題やしょーもない問題発言で小ささを露呈しちゃってる事がそう思わせるのか。。やっぱ従前の派閥力学に配慮した閣僚人事のツケが出てしまった感は否めない。

その安倍首相の答弁も、変にトーン高くって・・・。
それが”薄っぺらで、軽く”聞こえてんじゃないかなー。。
髪は黒いし、特に老眼鏡をかけてない所は2歳下の私にも、いやもっと歳下のそのまんま東知事よりも勝ってる所なんだけど、なんか元気さが感じられない。

・・・で、よくみたらわかった。

下ばっかり見て読んでるから、普段でさえアゴの下がダブってんのに益々ダボダボになって精細さを無くしてるんだ。

ま、ほっといてくれって話だけどね(^^;)

これが外見だけだったらまだいいけど、巷、騒ぎ出てるんだか出てないんだかわからないけど「アパ(耐震偽装&安晋会)問題」が陰を落としているんだとしたら、ヤバいぞ。

しかし野党も野党で、ここぞとばかり集中攻撃すれば良い所を、親分がなんかスネに傷もってそうで、なかなか手を振りかざせない雰囲気だ。

与野党ともに脱力感を感じるのは昨日のTVタッコーのせいかもしれない。
管氏が民主党の会合でTV出演する若手にはっぱをかけてた。
(管さんにしたって、ヒトがしゃべってる時に、グジグジうるさくってヤなんだけど)
例えばハマコウ氏から何か言われたら、予算委員長時代にまとめやすくするため委員に商品券渡してたのを言ってやれ、みたいな。
そしたらハマコウ氏は、それは当時自民党だった上の小沢氏に言われてやった?ものだと暴露しちゃうもんだから、笑いが止まらなかった。
そんなんだから、小沢民主党にも惹かれないんだよなー。。

あ、、、今、思いついた。 もしかして・・・

今、問題発言を繰り返す閣僚たちに目を向けさせ、火の粉が振りかかりそうなアパ問題をそぉーっと静かに過ぎ去らせようとする高等戦術・・・・んな訳ないか。。

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2007年1月29日 (月)

祭り日程が変更され

先日訪れた引き山車を使う埼玉秩父地方の祭りも、日程変更について大論戦があったようだが、昨年の岸和田の”だんじり”といい、全国あちこちで祭りの日程について論議されている。
伝統ある決められた日程を変えてはならない、いや、祭りに参加あるいは見物する人の立場に立って、土日に変更するべきだ、という論争だ。

困ったのはどちらも正論であることだ。

多くの祭りは、敬う神社仏閣の例大祭が起源だ。
何百年も続けてきた伝統ある日程を、現代人の都合だけで変えるのは忍びない、それでは祭りそのものの存在意義が無くなるという思いは、その氏子とか祭りに関われば関わった人ほど、大きく深いはずだ。

ただ平日開催となると、今の厳しい勤務環境では、年々祭りに参加する人、参加できる人が少なくなって、祭りそのものが成り立たず、祭りの伝統を守るためにやむを得なく開催日を土日に変更した祭りもある。

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ウチらの祭りも、今年、日程変更することが決まった(ようだ)
”ようだ”というのは、昨年の三役会や幹部会では話し合いに入ったが、肝心の徳内ばやし振興会常任理事会、その後の「祭り実行委員会」には都合で出席できなかったからだ。。

Tokutoku 8月22/23日に開催されてきた「村山祭り」を、新たに「むらやま徳内祭り」として”徳内ばやし”を祭りのメインに、3日間の祭りに拡大し今年で13年目を迎える。
日程はそのまま(21/)22/23日に固定されていた。
が、12年前の当初より土日開催を望む声は、祭り参加者は勿論、観客からも多く出されていた。

これまでは、祭りそのものの立ち上げに精一杯で、日程については先送りされてきたが、昨年より、いよいよ正式に話し合われるようになってきたのだった。

当然「祭りの日程は、そうそう変えるものではない」「平日でも出たい、観たいといえるような祭りにするべきだ」という声も聞こえてきたが、それもうなづける意見だ。

しかし、徳内祭りは、前途したような一般の祭りと違って、例大祭として決まった日程というものが存在しない。祭る神社は、最上徳内翁を祀る「徳内神社」ではあるが、徳内翁の遺徳を顕彰するため、祭りにあわせて創られたものだ。
したがって徳内祭りは、”我が郷土の偉人徳内翁を顕彰するため、市民の手で新たに創られた祭り”なのだから、私たち市民で日程を決めてもおかしくはないと思う。

22/23日固定とする論拠は、村山祭りの起源・・・これがまたバラバラあって、その例大祭と考えられるのが八幡神社だったり、愛宕神社であったり、五日町の大神宮であったり、色んな人に聞いてみたが、確証を得られるものはなかった。(みんな自分トコの神社が起源だと思ってたり・・・)

そればかりか、昭和30年代後期には、なんと土日にあわせ24/25日に変更されていたこともわかった。

んぢゃ、無理して22/23日に固執する根拠は無くね?(笑)

例えばある神社の例大祭が起源だとわかっても、すでに「徳内祭り」と変わっているのだし、何よりもそれがために「村山祭りは楯岡祭りだから行がね」みたいに言っていた市民だっていたのだ。
それが「むらやま徳内祭り」となったことで、市全域から参加するようになり、文字通り「市民の手で創られた市民の祭り」になったのだから、どの神社の神様も「よくやった」と誉めこそすれ怒るはずはない・・・と思うのだが。。
 (政教分離の話とはまた別ね)

てな事で、ウチら燦燦會でも、これまでの総会や打上げの席上、土日開催を望む声が多々あったので、土日開催に変更されたことは歓迎したい。

ただ反対意見の人もいる訳で、時間がかかっても、誰もが納得して楽しめる祭りにするよう努力する必要があることは忘れてなんないね。

いやぁ、伝統のある祭りもうらやましいけど、新しい祭りも良いとこあるなー(笑)

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2007年1月28日 (日)

いてて

筋肉疲労は「2日後」にくる”お年頃”になって久しい。。。
昨日の初走りの影響はそれほどでもないのはそのためだ。

で、今日はおとなしくして2日目の明日を迎えた方がよいのか?
はたまた、今日、また走ったらどうなるのか?

2日後にくる筋肉疲労なんだったら、翌日である今日また走ったらまた2日後・・・つまり、ずっと疲労は先送りされていくのでわ・・・

などとアホな事考えて、走ってみた。

んなこたーある訳がない!!!

今、身体、動かないっす。。。(泣)

先送りどころか、その反対、前倒しさせちまったみたいっす。。。

体重73.5kg・・・そりゃ2回走ったくらいじゃ変わらんて。。

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2007年1月27日 (土)

初走り

こんな事もあったので、今日は走ってきた。

昨年買っていたハートレイトモニターとシリコンウォークマンを未だ一度も使っていないのが気になってはいたのだ。
といっても普通なら今頃は雪のため、”外を走る”なんて事はありえないのだから、使えなくてもしょうがないと思ってたんだけど、よく考えてみたら、今年は道路や歩道には雪が無い!のだから走れんじゃん!と気づいたのだ。(^^;)
当たり前のことなんだけど、1月に外をジョギングシューズで走れる!なんて、
50年生きてきて初めての事なんだから違和感バリバリなのよね。

で、いよいよ例のマフェトン理論を実践する時がきた。

これでいうと・・・ま、Dか。
180-50+5 で、心拍数上限を135にセット。
下限は、-10ってことで、125。よしっ。

心拍計ベルトを胸に巻き、モニターを手首に、ウォークマンを二の腕に締めて、、
いざ、走ってみる。

・・・

普通に走っただけで、いきなり心拍数160オーバー。えっ!?

がっくりスピードを落としても150前後にしかならない。
そんなきれいな人が周りを走ってる訳じゃない、てか、走ってるのは私ひとりだ。

140切るには、走らずに早足くらいにしないとだめだ。
ちょっ・・・これで・・・本当にダイエットになるのか?

と、心配になるが、激しく動いて糖質をエネルギーとして使うのではなく、脂肪をエネルギーとして使えるような範囲の負荷をかける、というのがマフェトン理論のようだから(でいいのかな?)しばらく様子を見る事にしよう。
今からまたバスケをしようとか、筋肉を鍛えるとか、そんなんじゃないから、ま、いいっか。。

Jog0127 でも、このハートレイトモニター&ウォークマン、、、
いいわぁー(^^)
休憩地点にしようと思ってた「一本杉」を、あっという間に通り過ぎてた。
ただ走ってるより、何倍も楽しくって、こりゃ長続きできそうだわ。

大人はカッコから、と思って買ったんだけど、いい汗かいたし思った以上にいいもんでした。

今日の体重73.5kg・・・・そりゃ、一回走っただけじゃ変わらんて。。。
目標まであと4kg・・・・・いい汗かいたけど、その何万倍ものビール飲んだもんなぁ。。。

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2007年1月26日 (金)

今年の日程 その1 モンテ

長い長いJ2の戦いにおいて、どこに1チームだけの「休み」が入るかは重要なファクターだ。
昨年も後半、連戦が続き苦労したのは記憶に新しい。
できれば平日に休みが入れば、週3試合のハードさが和らぐのでベストだ。
一番もったいないのは、最終節が「休み」になること。
貴重な「体力回復カード」をひとつ無駄にしてしまうからだ。

で、今シーズンのモンテディオ山形ゲームスケジュールを見てみると・・・

「あ゛っ・・・」

思いっきり最終節休みのチームにモンテがなってる。。。

ま、13チーム中、どこかのチームに割り振られる訳だから、しょうがないといえばしょうがないんだけど、もったいない事この上ない。
何か公平に「クジ」でも引くんだろうか? もしかして、降雪を考慮してのことか?1~2戦をアウェイにセットしてあげるから我慢せい、みたいなバーターがあったんだろうか?

とにかく、決まったものはしょうがない、応援あるのみだ。

今年もさっそく手帳に全試合の予定を書き込んだ。

第1クールの休みは、第4節。自チームは勿論他チームの戦力分析ができる時で、しかも連戦の中日に当たるから、ちょうど良い所かも。
第2クールの休みも、日曜日でちょっともったいない気もするけど、8月はじめの一番暑い時期なので1週間のクールダウンはいいかも。
選手達には花笠祭りも観てリフレッシュしてね、といったところか。

問題はここからなんだなー。

8月12日の第33節から11月25日の最終51節まで、3ヶ月以上休み無し!の連戦が続く。
11月頭に1週間空くから未だいいけど、昨年同様、第3クールと第4クールの切り替え時に休みなく連戦になるのは辛い。逆にこのあたりに休みが入るチームは有利だよなー。

で、、私にとってもっと厳しいことがわかってきた。。

最終節が試合無しで、その前のモンテ最終試合が鳥栖。ただでさえアウェイ鳥栖は遠い訳だが、ダメ押しに会社の社員旅行日ときてる。
その前のホーム最終水戸戦は、あぁなんということか、私のカートレース耐久最終戦と重なっておりアウトだ!あぅー(泣)
したがって試合を生で観戦できるのは、今のところ10月28日の湘南戦ということになる。

早っ!!  てか、やだっ。

終盤、昇格争い真っ直中に位置し「何としても鳥栖に行かねば!!」みたいな状況になっていることを今から祈るとしよう。。。

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2007年1月25日 (木)

あるんなら払ってよ給食費

「うちはこれまでも払ってないですから」
そんな理由にならない理由を、どうして平気で言えるんだろう。
子供の給食費を払わない親の理由言い訳だ。

経済的な理由で「払えない」家庭には援助制度もあるから、問題なのは「払えない」のではなく「払わない」家庭だ。
その家庭で買っているゲーム機や、カラオケに行く金額で給食費は払えるのだから。

給食費滞納者総数は全体の1%にあたる9万8993人
給食費の滞納額が計22億2963万円
県内でも491人(0・5%)未納額も給食費総額の0・2%に当たる計1、110万円にのぼっているという。

中には、ニュースがニュースを呼び「え?払わない人もいるの?」という事を知ってから払わなくなった人もいるんだろうな w

ちゃんと払っている保護者はもっと怒っていい。
だって、支払わない保護者のせいで、予算不足となり、おかずを減らされたりする自治体も出てきているのだ。
でも、だからって「あったまきた!んじゃウチも払わねー」なんて言うなよ(笑)

うちの子供達が小中学生だった数年前、PTAで給食に関するアンケートをとった。 当時、楯岡小学校では給食が実施されてはいたが、中学校では実施されていなかった。
実に90%以上の給食を要望する答えが返ってきた。

色んな事があって、、、今は笑い話にもできるが、多くの保護者の努力でなんとか中学校給食が実施されるに至った。
・・・・・ホント大変だったんだから。
一番大きな障害はやはり予算だ。
完全給食するには、市の財政難を考えれば施設建設や人件費の問題で無理なのは理解できる。
それでもなんとかやりくりして、弁当方式での中学校給食にこぎつけた。
当然、その時の苦労を知っている保護者はみな「受益者負担」としての給食費の支払いに意義を唱える人はいなかった。(はずだ)

なにより学校給食法でも「施設設備費や人件費以外の食材費等は保護者が負担する」などと定められている。
が、今の若い保護者の中には、そんなことはお構いなし「給食費くらい、行政で負担するのが当然だろう!」みたいな言葉を発し、給食費支払いを拒む人もいるのだそうだ。

そんな保護者には、同じ保護者であるPTAで話し合って理解を深めてもらうのが最善なんだろうけど、問題のある保護者に限って保護者会に出席して来ないんだもんなーっ!!

学校は、子供の教育より、親の教育が必要と思っているに違いない。。

身勝手な親を作ったのは、間違いなく、その親の親。

そんなことにならないように、少なくてもウチでは、お金が無くても、なんとかやりくりして子供の教育面だけは、普通にやってきたつもり・・・。

だから今でも、プレステ3もWiiも我慢だ。うっ(泣)

・ ・ ・

「追記」
そうそう、アンケートとった時、給食反対の方で「子供には暖かく心のこもったものを食べさせたい」という意見があった。
多くの業者さんがこんな感じで作られているのだから、決して冷たい給食とは言えないのです。
逆に栄養バランス的にも給食のメリットは思う以上にあるものだとわかったのは、実際、給食が実施されてからでした。

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2007年1月24日 (水)

常時展示されてる出車

常時展示されてる出車
で、中に入ると、ガラス張りで3台の山車が展示してある。
祭囃子も流れ、ここに来ると、一年中祭だ。

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出車展示保存道の駅

Hanazono_5

急遽、夜中走って埼玉は寄居まで来た。
手前の「道の駅花園」
伝統ある出車が3台展示されていて、祭本番では、左の3つの大きな扉が開き、出ていくわけだ。
こういうのあったらいいなーと思ってたのがあったので思わず携帯で撮ってみた。

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2007年1月23日 (火)

きたね、2日目に

年末年始から約20日間、ほとんど身体を動かす機会が無かった。
なのに飲むことは飲んでいたので、すっかり太った。。
やめろーと言うのに、娘が毎日、お腹を指でつかんでプヨプヨしてくる。
へっこませても、すぐばれる。。。

とうとう昨日は・・・
「あ、お父さん二重あごになりかけ!」
それがどんな大変なことか、私の顔を知っている人は知っている。。
ほっといてっ!(泣)
確かに、太り始めの自覚である”首回り”から、、、きてるのがわかる。

とにかく身体を動かさねばと、日曜日、母の二・七日のお参りを済ませた後、センター試験の終わるまで時間があったので、「初打ち」をしてきた。
約2時間、半分はアプローチに費やして、イップス対策のためのリズムを作ることに重きをおく。

その後、天童の”ゆぴあ”で、汗を流し温泉にどっぷり浸かる。
初めて行ったけど、けっこう広い露天風呂があって、夕日が良かった。

そうそう、中で、ある方とバッタリお会いした事にも驚きましたが(^^ゞどうもでした
男子用のトイレで、2つあるトイレットペーパーが2つとも”三角折り”されている!!のにも驚いた。初めてみたかも。

さて、温泉に入ってストレッチもしたし、これで疲労は取れた。・・・・・と思った。。

その日も昨日もほとんど身体の痛みは感じられなかったのだが、、、
やっぱりきたね、今日(^^;)

でも、めげずに、少しずつ身体をリスタートさせていこう。

現在73.5kg(泣) 目標【4kg減】(70kg切るっ!)

ご協力いただける方は、どうか会った時に「太ったね」「今、何kg?」と聞いてやってください。
「ダメぢゃん!」 その言葉をゲキに身体を絞っていきたいと思います。。
がんばるぞ、明日から ・・・き・今日から・・・。。 ・・・あーーー書いちゃった。。

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2007年1月22日 (月)

受験と暖冬

昨日、センター試験の送り迎えをした娘から言われて気づいたのが車の汚れだった。
うん、確かに汚い。横の窓から外の景色はほとんど見えないほど(汗)
冬は、スグ汚れるから、洗車した事はなかったのだ。
んがしかし、今年はどうだ。
路面は雪どころか乾燥している!

で、洗車する。
1月に洗車するなんて!!!・・・私には初めてのことだ。
洗車機のホースなんか、凍結破損対策のため、はずしてあるくらいだもの。

いやはや、今年の暖冬には恐れ入る。
受験生にとっては、足の確保は勿論、風邪などの体調管理面でも大いに助かったことだろう。

夜、試験の自己採点をしている娘の一喜一憂を、聞くとはなしに聞いていた。

「うっそー! やばいぃーー」
・・・・ダ、ダメなのか?
「カンが当たったぁ!」
・・・おいおい。
「あーーー」
・・・ど、どしたんだ!?
「おおっ」
・・・・・・。
「えーーー」
だから、何なんだよ!

・・・次第にトーンが下がっていく娘に、心配になってくる。。

・・・ったく、観ていた「風林火山」の内容は、ほとんどわからなくなったぞ!
女房なんかコタツの中で、もう息も絶え絶え、グッタリしている。。

全国の、受験生に翻弄されている親のみなさん、お互いがんばりませうね。。。

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2007年1月21日 (日)

パイオニア VSトヨタ車体

てな訳で、日中、時間があったのでバレー:プレミアリーグ女子、今シーズン最初の地元パイオニアのゲームを観に行った。

その前に、第一試合は、JT VS デンソー戦。
第一セットからジュースで32-30と白熱した大接戦!
Sugayama 菅山も必死にレシーブするが、フルセットにもつれ込み、しかも13-12からの息詰まる長い長いラリーを制したデンソーが、そのまま拾いまくって勝利を物にした。
宝来が好調時からほど遠く、もう一枚アタッカーが足りなかったJT。昨年まで、菅山は代表ではリベロでもJTではアタッカーだったと思うんだけど・・。

Takesita 竹下も最後は頬を膨らませるしかなかった。。
見に行って良かったのはゲーム前での練習。
竹下もスパイク打ってたのだが、試合ではほとんど見る事がないので、なんか新鮮だった(^^;)

.

Pioneerで、いよいよパイオニアの登場。
しかし第一試合がフルセットにもつれ込んだので、この時点ですでに4時をとうに過ぎている。試合開始は4時40分と発表された。

やばい! 娘のセンター試験終了時間は午後6時35分。6時過ぎたら会場を出なければならない。
1セットも奪われてはならない。3セット連取する事だけを祈った。

Uchidaんが しかし、ん? 内田が右足を痛めているのか?
サポーターが痛々しい。。

2セット連取したが、相変わらずサーブレシーブが不安定で、きっちりセッター内田に入らない。
3セット目は、とうとうトヨタ車体が序盤をリード。
やばい!6時が近づいている。。
第一試合の両チーム、そしてトヨタと、どのチームも外国人助っ人を擁しているが、パイオニアはフールマンが病気により帰国退部、新外国人が決まるも骨折が判明し、急遽新新助っ人を獲得したものの未だ試合には出られず、苦戦が続いている。
Kuzuwa さらに、あら?多治見のビロードも読まれてるぞ、、と思ったら、あ!この人!代表監督も務めた葛和監督が、トヨタ車体に出向してたのね!
NEC監督じゃなく、フジTVのジャンクスポーツで浜ちゃん達とビーチバレーしてたのは知ってたけど・・・。

氏の采配によるものなのか、第3セットは対等の攻防となった、というか、セットポイントまで握られてる!
娘の迎えをとるか、パイオニアの応援をとるか・・・
そしてさらに私の状況は悲惨さを増していった。
「ぐちゃ」
何度もあったセットポイントの危機に、立っていられず腰を下ろしたら、遠視&乱視(え~い老眼といわんかぃ)なメガネをお尻でつぶしてしまったのだ(泣)

とはいえ、パイオニアは第3セットを奪われてはならない理由があった。
■山形出身の吉田新監督の地元第一戦であること。
■3敗している全ゲームが第一セットを奪った後に逆転負けを喫している事。
だから、私が帰り時間を気にする以上に、パイオニアは1セットとて奪われてはならない必要があったのだ。

バレーにおける流れの怖さは痛いほど知っているチームだ。
果たして、第3セットは34-32ともつれにもつれたものの、なんとかパイオニアが逆転して勝利した。

決まった瞬間、会場を飛び出て山大に向かう。
ちょうどピッタリ、センター試験1日目の終わった時間に着いた。

危なかったーー・・・・。。。  どっちも。。

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2007年1月20日 (土)

センター試験1日目

いよいよ始まったセンター試験。
Lisson_1 (画像は、今年も問題になった今年のICレコーダー)

普段の駅までの送り迎えを断固拒否している(歩けっちゅーの)私だが、昨年の豪雪の事があったので、今日だけは娘のアッシー君となる約束をしていた。

試験場の山形大学が見えてきたら、いつもの太々しさに似合わず、
「やっべ、緊張してきた・・・」と言い出した。
ふーーん、こいつも可愛いとこあるぢゃんと安堵する(^^;)

緊張するってのは、自分の実力以上の事をやろうって思うから緊張するのであって、背伸びせず、開き直って、・・・と、いつも私が朝イチのティショットの時に繰り返す言葉を話した。
言うは易し(^^;) 自分だってできないのに・・・。

帰りも電車だと待ち時間が長く遅くなるので迎えに来る約束をして、「ま、なるようにしかならないんだから・・・」そんな励ましのような励ましでないような微妙な励ましで見送る。
「がんばれ」なんて言って、変なプレッシャーかけてもならないし・・・。

しかし、試験を受けている間、「がんばれ!がんばれ!!」と応援していた私だった。

えらいっ!?>わたし

パイオニア@女子バレーだけどね。。。。(^^;)

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2007年1月19日 (金)

おおまがり

山形から秋田に入り、湯沢-横手と北上し、秋田市に向かう所で大きく左に曲がるから「大曲」という地名に「なるほどなー」と思ったのは小学生低学年の頃だろうか。。
だから、大曲市は秋田県のだいたいどのあたりにあるのか容易にわかったものだった。

今日、会社見学会&勉強会があり行ったのだが、大曲市はすでになく「大仙市」となっていた。危うく通り過ぎてしまう所だった。。
隣の県なのに知らなかった(^^;)

で、他はどうなっているかと思ったら、角館町が無い!
いや、無いこと無いんだけど、秋田県角館町から秋田県「仙北市」角館町になっていた。
仙北市?? 仙台の北の市?? 県外者の多くはそう思うんでないかい?

大仙市、仙北市・・・って、、宮城県???
もう、どの市がどこにあるかわからなくなっちゃったど、、秋田県。。
当地の人が一所懸命考えて命名されたのだから、部外者がとやかく言うものでもないが。。。
ケンケンガクガク・新市命名の時には相当モメたんだろうなーとは伺い知れるが、由緒ある名前が、なんかもったいない!と思うのは私だけ??

会社名を変更すると、一般に認知されるまで10年はかかるといわれる。
市長村の場合は、どうなんだろ? もっともっとかかる気がする。

さあ、ここで問題です。

「大崎市」って、どこでしょう??

私、宮城県古川市が無くなったの、まじで知らなかったです!!

市町村合併については否定はしません、ていうかむしろ積極論者の私です。
将来の展望を、避けられない少子化問題や財源問題をも含め真剣に議論したら、容易く「自立」論は掲げられないと思う。 語感はいいが、行き詰まりを次代の子供達に先送りしたにすぎないと思うもの。
ただ合併による新市命名については、例えば一字残そうとか地域の感情抜きにして、もうちょっと考えて欲しいなーと思ってしまった。
地元のみなさん、ごめんなさい。

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2007年1月18日 (木)

J リスタート

いよいよ今年もJリーグ各チームが動き始めた。
J2各チームのメンバー変動をみると、先ずなんと言ってもベルディの補強がなんとまぁ凄いというか、何というか・・・。
昨シーズン、J2を甘くみた?ラモス監督だが、戸川と服部@磐田!でディフェンスを固め、名波で中盤を作り、平本とフッキで得点ってか。それでも飽きたらず柏のディエゴまで欲しいってダダこねてんだから、もうww。。湘南から移籍の悠介は試合出場できるのか?といらぬ心配さえしてしまうほどだ。。

降格してくる京都、セレッソ、福岡はいずれもJ2経験組でJ2の戦い方を知っているから、そこそこ固めてるし、いやぁ例年以上に厳しいシーズンとなりそうだ。

で、我がモンテディオ山形はどうだ。
これまで又聞きの又聞き情報はイヤと言う程入っていたが、一喜一憂せず、オフィシャルに発表されるまで黙っていた。
なんといっても勇人、臼井、木村、小原、財前の残留がうれしい。
新加入では、石川、豊田、ありがとー。

平均年齢ではそう変化はないのだが、数値以上に若返った感が大いにする。
なんてったって、根本が27人中、上から8番目か9番目!のいわば年長組さんに位置しているのだ!!(^^;)

元代表や、元J1選手がことのほか多く見られるようになったJ2各チーム。
名前だけみると、凄げーと思うけど、負けない手はある。
そのひとつが、その若さだ。
監督は相変わらずポゼッションサッカーを意図しているらしいが、もうね、若さをぶつけてガンガン走り回って欲しい。
昨年のように固定させず、第1第2クールを使って同じポジションの選手を同じレベルに上げ、ちょっとでも疲れたそぶりを見せようものなら、すかさず次の試合ではメンバーを交代させる・・・みたいな。
よく言われる年間試合数の多さなんか、考えたって考えなくたって一緒だ、と昨年思ったし、そうでもしないと、というか、何か他のチームにない手を打たないと道は開けないのではないだろうか。
ぜひ新加入選手には、J2を走って走ってかき回して、また!山形旋風を巻き起こしてほしい。

もうひとつ気になったのが、Jじゃないけど、あのエメルソンがカタール代表になるとのこと! 同じAFCアジアカップグループBで対戦するのだから、捨て置けないニュースだ。
札幌でJ2規格外の速さを見せつけられたのが懐かしい・・・なんて言ってられないね。

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2007年1月17日 (水)

12年目の涙

12年前の今日は、ちょうど調布市に出張するためいつもより早く起きていた。
着替えながら観ようとTVをつけたら、どのチャンネルも緊急ニュースを報じている。
阪神淡路大震災のあった長い長い1日の始まりだった。

時間ギリギリまでTVに見入り、新幹線に飛び乗ったが、その時点では、死者数百人か?という「?」なニュースしか流れていなかった。
それが東京駅についたら千人近くの数となり、新宿、調布と駅に着いてTVを観る度に、その犠牲者の方の数はどんどん増えていったのが恐ろしかった。

最終的には6、434人もの尊い命が失われたが、亡き母同様6、434通りの人生物語があったはずだ。
つい忘れがちになるが、この方々の無念に少しでも応えられるよう、震災への備え、心の準備、支援体制など、もう一度確認しておかねばね。。。

今でも忘れられないのは、幼い息子さんを亡くされた方が、合同葬儀の日に涙ながらに言った言葉だ。

「昨日まで私は被災者でした。私は今日をもって救済支援者に回ります」

真冬で寒かったけど、熱い涙が出たのを思い出す。。

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2007年1月16日 (火)

帽子のツバ

気にはなっていたのです。
大リーガーで、昔風の帽子のツバが平らな選手がけっこういるな、と。
それが”ラッパー”の影響で、わざとそうしてる若い選手がいると知ったのは、めざましTVでだった。
ベテラン投手でもやってるのは、これはバッターに表情を読ませないようにするためで、若い選手達とは意味が違うようだったが。

昔風の”平らなツバ”で、すぐ思いつくのはこのふたりのプロゴルファーだ。

Suzuki 日本では鈴木亮選手。
実は以前から、顔が”せっぽ君”だーと思ってた(^^;)

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Che もうひとりはPGAのチェ・キョンジュ@韓国選手。
最近はこのように、すこーーしカーブを描いているが、ちょっと前までは鈴木選手と同じだった。

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Wi 同じナイキ所属のミシェル・ウィー選手のツバと比較しても、どれだけ平らなツバが好きなのかわかるだろう。

私としては、すっごく違和感があるんだけど、ま、人それぞれの”好み”があるんだろうから、何も言う筋合いのものではない。

味覚や趣向って変わるものだしね。

例えば、私の場合、3つボタンスーツなんか絶対着ないと思ってた。
・・・が、今ではそればっか、、だし・・・。

ノータックのパンツもはかなくなっていたけど、ここ1~2年、ゴルフのジャンボや細川選手のように一昔前のブカブカで腰高の人を見たら、あ、ノータックにしよ、と思ったものだ。。

でも、流行は繰り返す、というか、旬の期間は短い、というか、またぞろみんなが服装のスリム化に走ったら、また違うアイテムになっていくのだろう。

ま、流行遅れになっても捨てずにおかねば。。

かといって流行がぶり返しても喜んでばかりもいられない。
30年前のトラッドスーツやパンツを引っ張り出してきたが、、、入らなかった。。(泣)

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またまたココログ・メンテ

入ります。

1月16日(火)15:00~1月17日(水)15:00の約24時間。

閲覧は可能だけどコメントやトラックバックも受付けできない

とのことです。

毎度毎度の事で、もう非難囂々、ココログやめるぅとか、文句つけてる人も多いようですが、そこは歳の功? 私は静観(達観)したいと思っています。
また前回みたいに2~3日止めて、「やったんだけどぉー、うまくいかなかったのでぇー、元に戻しましたぁー」みたいにならないよう祈っていますよ、ゴルァ!!

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2007年1月15日 (月)

そろそろ復活・・・

昨日、初七日の法要も終わった。
昨夜は地区で「おさいとう」もあり、お隣に私がやるべき隣組長としての役割をお願いしたとはいえ、せめて後片付けだけでもお手伝いしようと思っていたのだが、私も家内も、夜、家に帰って”ちょっとだけ休んでから”とコタツに入ったら思いっきり真夜中になってしまっていた。。
ごめんなさいねー。。。
でも、持つべきものは、親切なお隣さん・・・。。。
ありがとうございまする。。

さて今日から、まだまだエンジン全開にはほど遠いけど、気持ちも切り替えて仕事に臨まねばね。。

てな事で、12月決算の処理もあるし、見積図面も貯まっているのだが、それを横目にお客さんの新年会にも出席。

仕事的には、どの会社もいっぱい抱え忙しい様子だ。
でも急激な材料値上げで利益がほとんど喰われてしまって青色吐息、なのもどの会社も同じのようだ。




と、、ここで新年会で話の出た”思いっきり愚痴”みたいなのを書いたんだけど、ごっそり削除(^^;)
やっぱ言ったってしょうがないし、ヒトの言ってる愚痴って見るのも聞くのもヤだもんね。

さ、愚痴ってないで仕事しよ。。

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2007年1月12日 (金)

あおぞら遙か空

Tabitati重く鉛色の曇り空が続く山形の冬にあって、時折降りそそぐ陽光は、誰の心をも暖かく包み清める。
雪を抱く甑の岳も、今朝は一層輝きを増しているようだ。

昨日の母の葬儀には500名近くの方が参列され、ホールには入りきらず、急遽ロビーに補助椅子で対応せざるを得ない状況となった。
民謡舞踊関係ほか、母の生前の活動や多士多彩な人とのつながりに改めて驚く。

今日の青空とやさしく降りそそぐ陽光は、涙にくれた参列者の方々の心を晴らそうとする母の思いのようだ。

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2007年1月 9日 (火)

あらいご飯

母は、9人兄弟の7番目の父に嫁ぎ、私達男三兄弟を産み育てた。
詳しくは知らないが、いつの間にか父が家業を継ぐことになったのは、私がまだ幼稚園に入ったかどうかくらいの時だ。
母にしてみれば7番目の弟と結婚したはずのに、、、親と同居するって・・・
「ええー?何それー、聞いてないよー」てな感じだったろう。

小さな”ブリキ屋”を営んではいたが、職人かたぎの祖父なので、あまり儲かってはおらずみんな敬遠したのだ・・と思う。
何はともあれ、ある日いきなり祖父や祖母をかかえた大所帯と家業の経理など一切かっさいをやりくりする羽目になった母であった。

 

毎日、晩ご飯を食べ終わると、台所で後片付けをするのは母ひとり。

ある日、幼稚園児だった私は末っ子でもあり、ちょっぴり母に甘えたくて台所へ行った。 そしたら、母が何か口をモゴモゴとさせている。
何、食べてんの?と思ったら、おひつを水で洗いながら、おひつに残ったご飯を食べていた。
私を見つけると「○夫(私の名前)も食べるか」と言って、その”洗いご飯”を手ですくって食べさせてくれた。

あ、んまい。

「ふふ、これが一番うまいんだよ」
しゅうとに気を遣い、夕食時にあまりご飯を食べられなかったため、この後片付けの時に残ったご飯を洗いながら食べるのが母にとっては最高のごちそうだったのだ。

それから私は、夕食後、茶の間でTVを観ている父や兄たちに隠れてこそこそと台所に抜け出すようになった。

母も、にこにこして迎え入れてくれ、そのうち茄子やきゅうりの漬け物を2~3ケ用意してくれるようになった。
漬け物を食べて、母の手ですくった「洗いご飯」を食べる。
なんとも、んまかった。。。
味そのものも素朴でおいしいが、母と私だけの秘密という味付けが一層おいしくさせていたのだろう。

父と母は私の自慢であり誇りだ。
破天荒なところもある父を影に日向に支え続けた母。
父が亡くなり火葬になる時、別室で待つよう促されても
「ここにいる・・・」 と泣き崩れ、父の入った扉から離れようとしなかった母。

今、笑みさせ浮かべているような穏やかな顔で横になっている。
今頃、父と再会しデートしているに違いない。

30日の朝、脳内出血で倒れて10日目。
私達に看病という最後の親孝行をさせてくれるため、がんばってくれた10日間。

平成19年1月8日午後3時37分、涙雪のそぼ降る中、息子3家族全員に見守られながら旅立った。
享年80歳。(実際には78歳)

ありがとうね、、、母ちゃん。

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2007年1月 7日 (日)

新年会

昨日6日夜はバスケ仲間と毎年恒例の新年会だった。
今回は昨年結婚したメンバーのお祝いも兼ねて開いた。
おふくろの事もあるので、ハメをはずしまくる訳にもいかないが、久しぶりにそこそこ飲んだ。

もうプレーを止めて飲み会だけのチームになって久しい(笑)
もちろんそれは年齢的に無理なスポーツだから。
40過ぎてもプレーはしていたが、ウルトラマンが私だけじゃなくなってきていた。
3分どころか、1プレー、1回の速攻だけで、「はーはー、ぜぃぜぃ・・」ピコピコピコとカラータイマーが一斉に点滅していたのだ。
でも、大会の参加メンバー表にウチのチームだけ40代のメンバー数人が名を連ねていたのが、自慢というか、何だかなーーだった(笑)

もちろん昨年結婚した若いメンバーもいるのだが、彼だっていつの間にか30代になっていた。
「若!」と呼ばれていたのに。。。

私と同じ歳のメンバーは4人。
肉料理屋さんでの新年会だったが、歯が悪くて硬い肉はダメとか、動物系の肉はあまり・・とか色々な注文が多くなってきた(笑)
新郎新婦の横で、老眼の話だとか血糖値などの病気自慢なオヤヂ話ばかりだったのはどうなんだろうとも思うが、それでも盛りあがれるのがこのチームの良さか??
来年は、焼き肉じゃなくせめて”しゃぶしゃぶ”にせねばね。。。

何より今年も、S布選手得意のダンシングオールナイトでの華麗なる後ろステップが健在だったのがうれしかったなー。

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2007年1月 6日 (土)

ひっぱりうどん

3時の休憩時間にTVをつけたら、食いしん坊バンザイのスペシャルをやっていた。最後の場面だったみたいで、ちょうど山形にやってきたシーンだった。
歴代の食いしん坊がみんな揃って山形へ来てロケしてたというのは、聞いた事あったけど、これだったんだね。

で、先ずは上杉神社でお参り。
上杉神社ということは米沢牛かと思ったら、その通り、吉亭さんが出てきた。
米沢牛のしかもチャンピオン牛を生で。
そりゃ、おいしいだろうね。。
って、イラってもしょうがないんだけど(笑)うまそうだった。。。
次に、しゃぶしゃぶとすき焼き。うむむむ・・・

吉亭のすき焼きは、割り下を使う関東風、具を煮込んだ上に肉を乗せるやり方。
ただ、やはり京都は三嶋亭の、先に砂糖を薄く広げ肉を焼いて堪能した後に、具を入れてすき焼きにする食べ方が私は好きかな。。
うどんと同じで、関東風/関西風ってのがあるのね。

で、次に一行が向かったのは、梅宮氏がこれまでのロケで一番おいしかったと絶賛した思い出の場所、高畠へ。

なんだろなー??と思ったら「ひきずりうどん」だという・・・。

え? 知らない。。 何それ??

「ひっぱりうどん」なら、いつも食べてるけど。。

よく見ていたら、やはり「ひっぱりうどん」だった。
うん、今度は悔しがることもなく、普通に受け入れられるぞ(^^;)

高畠では、べろ(舌)が食べたうどんを追いかけ引きずっていくくらいうまいので「ひきずりうどん」というのだそうな。そうなの??
村山は、大鍋から自分のお椀に、うどんを引っぱってくるから「ひっぱりうどん」

お椀の中には、納豆に薬味と醤油たれを好みで入れて食べるだけ。
言ってみれば「ぶっかけうどん」みたいなもの。
ウチでは、卵を入れていたし、最近では”サバ缶”を入れて食べる。

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昔、遅くまで残業していた職人さん達のために、おふくろは大きな鍋で「ひっぱりうどん」をよく煮ていた。
寒さに震えながらも外仕事を余儀なくされた職人さんたちは、囲炉裏の回りに集まり、各自お椀に卵をといて鰹節やネギ・醤油をかけて準備する頃には、みんなニコニコと笑顔になっていた。

「いいよっ」
おふくろのひと声でみんな一斉に大鍋の中に箸を入れ、うどんを自分のお椀へ引っぱってきて食べる。
幼稚園か小学生だった私も、晩ご飯はさっき食べたばかりなのに、ちゃっかり交ざってまた食べる。幼い私でも、職人さん達の寒さや疲れがいっぺんで吹き飛んだのが、その笑顔でわかった。

日本全国いや世界中のおいしいものを食べ尽くしたであろう梅宮氏が選んだのは、超高級食材でもなく、山形の誇る米沢牛でもなくて「ひっぱりうどん」(ひきずりうどん)
20年経っても忘れられなかった味と、私のソウルフードをそんな風に絶賛してくれると、すごくうれしい(^^)
その土地に行って、その土地の人としゃべりながら、その土地でしか食べられないものを食べるのが一番うまいと言う。
雪の中で寒さに負けず、ふーふーして食べる「ひっぱりうどん」、ごく素朴な食べ物だけど、ばあちゃん達の笑顔や山形弁などが薬味となり、どこにも負けない”土地の味”として染み込み、そう言わしめるのだろう。
そうだな、ひとりで食べても、ま、うまいことはうまいけど”あの”味は出てこないものなぁ。。

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2007年1月 5日 (金)

で、仕事初めです

いつもは5日まで正月休みをしているのだが、今年は7日が日曜日、成人の日が8日(月)と連休になる微妙なカレンダーのせいで、1日短縮され今日5日が仕事初めとなった。
さすがに”えいやっ”と8日まで休んでしまうと業務に差し支える、というか12月決算なので無理。
いつものように5日まで休んで、6日(土)1日だけ出勤しても暖機運転だけで終わってしまい、3日後にまた最初から暖機運転をやらなければならない。
それよりは、ま、2日稼働すれば3日後でも朝から全開でいけるだろうという訳だ。

で、どうよ、この天気。
ちゅうか、なによ、この天気!?

朝からピーカン。
積雪はほとんどゼロ!

確か昨年は雪があったはず・・・と、見てみたら・・・

確かあったはず・・・どころじゃない!すっげー積雪だった!

そういえば、仕事初めが工場の屋根の雪下ろしだった。。

もちろん、油断してはならない。
登山やスキーなんかで「山の天気は変わりやすいから気をつけろ」というが、山形はここ平地でもそのまんまソレが適用される。
週末、ドカ雪が降ってもおかしくない。
山の天気同様、女性の天気もだ。

そんなこんな色んな事に気を遣いながら(男は辛いぜぃ)今は雪の無い、つかの間の晴れ間を喜びたい。

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2007年1月 4日 (木)

年始休暇も今日まで

毎晩、おふくろの看病で病院のイスに寝ていたが、今日は兄と交代したので、久しぶりに家のベッドで寝た。手足を伸ばして寝るとやはり楽ね。

義母も入院して数年になるので、お母さんがふたりとも入院となった正月だったが、義妹が正月休みを利用して京都から見舞いに訪れた。
病院以外どこにも連れて行けなかったが、そこは自然に恵まれた山形。
村山一の景観、というか私の好きな場所である大淀の最上川へ連れて行った。

Teru0103 これ、湖じゃなくて、Uの字に曲がっている最上川です。
家から数分なのでいつでも行けるが何回行っても飽きない私の好きな空間。
ちょっと天気は曇ってて今イチだったんだけど、これがある天候に恵まれ、あるアングルから観ると、回りの木々が最上川に映え、吸い込まれるような深緑の景観に圧倒される。

そのタイミングが来たら撮影するからお楽しみに、今日は私で我慢してね(^^;)

え? おめえじゃなく義妹を出せ・・・ってか。
だめだめ、もう京都へ帰っちゃったもんね。。。

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2007年1月 3日 (水)

今年もよろしく

てな事で、遅くなりましたが、今年もよろしくお願い致します。
早いもので、このブログも昨年の元旦にスタートしましたから、なんと一年経ちました。
いやぁ、普通の日記ならゼッタイこんなに続かないと思うんだけど、何なんだろねブログってと改めて思います。
カウンター設置したのが少し後だから、約百人のみなさんが毎日遊びに来ていただいているようで、本当にありがとうございます。
ひとつだけ、なるべくただの愚痴とかは書かないように気をつけていますが(誰も聞きたくないもんね)これからもよろしくお付き合いください。

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病院にて

母に付添寝4日目の夜
面会謝絶中に変わり無いものの容態は一応安定し、こうして書き込む余裕も出てきた。
一年前、私が入院した時も思ったが、大晦日、元旦も休みなく献身的に勤めていただいている看護士さんには頭が下がります。
本当にありがとです。

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